この記事でわかること
- 広告で使われるAIモデルの2つのタイプと、それぞれの論点
- 肖像権とパブリシティ権の違い、ピンク・レディー事件の最高裁判決の判断基準
- 法務省の解釈指針が示した、AIで生成した「よく似た人物」の判断の考え方
- 実在モデルをAI化(デジタルツイン化)するときに契約で決めておく8項目
- AIモデルを使った広告の表示で気をつけること
顧客吸引力のある人の肖像等を無断で広告に使うことは、パブリシティ権侵害の典型的な類型の一つです。AIで作った人物でも、実在の人物との類似の程度に加え、名前や衣装など本人を思い起こさせる情報を総合して「本人の肖像の使用」と判断されうると整理されています。実在しない人物として作る場合は「誰にも寄せない」運用と類似チェックを、実在モデルをAI化する場合は利用範囲・期間・報酬・撤回時の扱いまで含めた契約を、それぞれ用意してください。
広告のAIモデルは2つのタイプに分かれる.
広告で「AIモデル」と呼ばれるものは、大きく2つのタイプに分かれます。論点がまったく違うので、最初に切り分けておきます。
- AI生成の人物:実在しない人物として、画像・動画生成AIで作るモデルです。特定の誰かの許可は要りませんが、実在の人物に似てしまうリスクがあります
- 実在モデルのデジタルツイン:実在のモデルや俳優の同意を得て、本人の姿をAIで再現するモデルです。撮影なしでビジュアルを増やせる一方、本人との契約がすべての土台になります
後者の例として、H&Mは2025年7月、実在のモデル本人をもとにしたデジタルツインを使ったビジュアルを公開しました。報道によれば、同社はモデル本人がデジタルツインの所有権を持ち、収益の分配を受け、デジタルのモデルであることを明示すると説明しています(FashionUnited(2025年7月))。国内外のAIモデル・AIタレントの起用例はAIモデルの広告事例の記事でまとめているので、本記事では権利と契約の考え方に絞ります。

肖像権とパブリシティ権|ピンク・レディー事件の判断基準.
人の姿に関わる権利は、主に2つに分けて考えます。どちらも法律の条文に書かれた権利ではなく、裁判例の積み重ねで認められてきたものです。
- 肖像権(肖像等をみだりに利用されない権利):自分の容ぼうなどを、みだりに撮影・公表されない人格的な利益です。有名人かどうかを問わず、誰にでもあります
- パブリシティ権:氏名や肖像などが持つ顧客吸引力(商品の販売などを促進する力)を、排他的に利用する権利です。芸能人やスポーツ選手など、顧客吸引力を持つ人で主に問題になります
パブリシティ権侵害の判断基準
パブリシティ権の判断基準を示したのが、ピンク・レディー事件の最高裁判決(最判平成24年2月2日)です。判決は、肖像等を無断で使う行為が、①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使う、②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付ける、③肖像等を商品等の広告として使うなど、専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に、不法行為法上違法になるとしました。

この判決の基準を生成AIの場面にあてはめて整理したのが、法務省の「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」が2026年8月に公表した取りまとめ報告書(副題「生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針」)です。報告書の概要資料では、第3類型の典型例としてテレビやウェブサイトの広告への肖像等の掲載と、SNS等における肖像等を用いたなりすまし広告が挙げられています(法務省 検討会のページ、取りまとめ報告書 概要資料)。同年10月には、その後の東京地裁の判決を追記した第1.1版が公表されています。
肖像権(みだりに利用されない権利)については、本人の社会的地位や活動内容、肖像を利用する目的・態様・必要性などを総合的に考え、社会生活上受忍すべき限度を超えるかどうかで侵害を判断するとされています。パブリシティ権と肖像権は保護する対象が違うため、両方の侵害が同時に成立する場合もあると整理されています。
同じ報告書は、人の「声」もパブリシティ権などの保護の対象に含まれると整理しています。AIナレーションや声の再現については<a href="https://sac.epoch-inc.jp/magazine/articles/ai-voice-portrait-rights/">AI音声と肖像権・パブリシティ権の記事</a>で詳しく解説しています。
実在の人物に「似てしまう」リスク.
AI生成の人物を使う場合に最も注意したいのが、意図せず実在の人物に似てしまうことです。法務省の取りまとめは、生成AIで作った人物について、次のような考え方を示しています(概要資料)。
- 生成AIで出力された人物の肖像は、通常、本人の肖像と完全に同一ではなく、類似性があるにとどまる
- 本人に似た肖像等が使われた場合は、本人の肖像等との類似性の程度に加え、使うにあたって付け加えられた、本人を思い起こさせる情報(本人のイメージに沿う服装・言動、本人が出演していると示唆する情報など)を総合的に考慮する
- 顧客から見て、使われた肖像等が本人のものだと識別できることが必要
つまり、顔が多少似ているだけで直ちに侵害になるわけではない一方、顔の類似に、髪型・衣装・決めポーズ・名前を連想させるコピーなどが重なると、「本人の肖像の使用」と評価されやすくなるということです。広告ではまさに、顧客吸引力を狙って「あの人っぽさ」を足したくなる場面があるため、注意が必要です。
「本人とは関係ありません」と書けば大丈夫か
取りまとめは不正競争防止法についても整理しています(取りまとめ報告書 本文)。不正競争防止法の周知表示混同惹起行為(2条1項1号)や著名表示冒用行為(同項2号)は、肖像等が商品・営業の出所を示す表示として使われることが前提です。肖像は本来、出所表示として機能するものではないとして、この場面を限定的に捉える裁判例もあり、広告での利用は1号・2号に当たらない場合も多いと考えられます。なお、1号は「混同」を要件とするため、本人とは無関係であるという打消し表示があれば当たりにくくなる一方、2号は混同を要件とせず、打消し表示があっても該当性は否定されないとされています。
ただし、不競法に当たらないからといって安心はできません。広告への利用は、前述のパブリシティ権の第3類型の問題になり得ます。「本人とは関係ありません」という打消し表示を添えても、似せて使うことの免罪符にはなりません。
故人に似せる場合
パブリシティ権が相続されるかどうかは見解が分かれているとされる一方、故人の肖像の利用が、遺族の故人に対する敬愛追慕の情を侵害する可能性があると整理されています。亡くなった有名人を思わせるAIモデルの起用も、慎重に判断してください。
AI生成の人物を広告に使う前のチェックリスト
Checklist- プロンプトに実在の人物名、グループ名、役名を入れていない
- 「〇〇風」「〇〇に似た」など、特定の人物を狙う指示をしていない
- 生成した人物を逆画像検索し、似た実在の人物が見つからないか確認した
- 髪型・衣装・ポーズ・コピーで、特定の人物を思い起こさせる要素を足していない
- 社内の第三者(制作に関わっていない人)に見せ、誰かに似ていないか確認した
- 使ったツール・プロンプト・生成日時を記録した
実在モデルをAI化するときの契約.
実在のモデルや俳優をデジタルツイン化する場合は、本人の同意がすべての前提です。同意は口頭や一文の承諾ではなく、何に・どこで・いつまで・いくらで使うのかを具体的に書いた契約で取り付けます。

報告書から読み取れる、契約上の注意点
法務省の取りまとめ報告書は、契約に関わる論点もいくつか整理しています(取りまとめ報告書 本文)。
- 譲渡より利用許諾:パブリシティ権を譲渡できるかどうかは見解が分かれており、現時点で一致した見解を導くことは困難とされています。一方、独占的な利用許諾は有効と解されています。契約は「権利を譲り受ける」形より、範囲を決めて利用を許諾してもらう形で組むほうが安定すると考えられます
- 契約終了後の利用継続:もともと利用が認められていたのに、契約終了後も使い続けた事案で、損害額を使用料相当額で算定した裁判例がある一方、その算定方法を否定した例もあると紹介されています。いずれにしても、期間が過ぎた素材の取り下げを、運用で確実に行う必要があります
- 事務所との関係:本人から独占的な利用許諾を受けた事務所などのライセンシーには、一定の場合に損害賠償の請求が認められうると整理されています。窓口が本人か事務所かを契約で明確にしておきます
同意の撤回にどう備えるか
肖像は人格に関わるものなので、契約期間中でも、本人から「もう使わないでほしい」と申し出がある場面は想定しておくべきです。撤回が認められる条件、停止までの日数、出稿済みの広告や印刷物の扱い、撤回に伴う費用の負担をあらかじめ決めておくと、もめごとを減らせます(編集部の見立て)。
データの管理
デジタルツインの制作に使う顔写真や3Dスキャン、学習済みのモデルは、特定の個人を識別できる情報として個人情報に当たりうるものです。保管場所とアクセスできる人を限定し、契約終了時には削除して、その旨を本人に示せるようにしておきます。制作会社に預ける場合は、委託先での管理方法も契約に入れます。
デジタルツインの契約は、広告の出演契約と、データの取り扱いの契約が合わさったものと考えると整理しやすくなります。既存の出演契約のひな形に「AIでの再現」を一文足すだけでは、利用範囲や撤回時の扱いが空白のまま残りがちです。
表示の考え方|AIであること、実物と違わないこと.
AIモデルを使った広告では、権利の問題とは別に、見る人に誤解を与えない表示が求められます。考えるべきは次の3つです。
1. AIで生成した人物であることの表示
主要なSNSには、リアルな合成コンテンツについてAI生成の表示やラベルのルールを設けているところがあります。媒体ごとの考え方はSNS広告動画をAIで作る方法の記事で整理しています。媒体のルールがない場合でも、実在の人物だと受け取られうるリアルなAIモデルについては、表示するかどうかを社内で方針として決めておくことをおすすめします。
2. 商品の効果を、実物以上に見せない
化粧品や健康関連の商品で、AIで作った「理想的な肌・体」を使用前後の比較のように見せると、実際より著しく優良であると誤認させる表示として、景品表示法の問題になりえます。たとえばロレアルは責任あるAIの原則として、商品の効果を裏付けたり高めたりする目的で、AIが生成した実物そっくりの顔・体・髪・肌の画像を対外的なコミュニケーションに使わない方針を示しています(L'Oréal Finance(2024年5月))。
3. 実在の人物が推薦しているように見せない
実在の人物に似たAIモデルに商品を薦めさせると、本人が推薦しているかのような誤解を招きます。前述のとおり、打消し表示を添えても問題が解消するとは限りません。デジタルツインを使う場合も、本人が実際に使っている・推薦していると受け取られる表現にするなら、事実と合っているか、本人が了承しているかを確認します。なりすましへの備えはディープフェイク対策の記事も参考にしてください。
よくある質問.
QAIで作った実在しない人物なら、肖像権の心配はありませんか?
Q一般の人に似てしまった場合も問題になりますか?
Qデジタルツインの契約期間が終わったら、作った広告はすべて取り下げる必要がありますか?
Q社員をモデルにしてAI化し、広告に使うことはできますか?
Q海外向けの広告でも、日本と同じ考え方でよいですか?
まとめ|「誰にも寄せない」か「本人と契約する」か.
- 広告のAIモデルは、AI生成の人物と実在モデルのデジタルツインの2タイプ。論点が違うので最初に切り分ける
- ピンク・レディー事件の基準では、顧客吸引力のある人の肖像等を無断で広告に使うことは、パブリシティ権侵害の典型的な類型の一つ
- AIで作った人物でも、類似の程度と、本人を思い起こさせる付加情報を総合して、本人の肖像の使用と判断されうる(2026年8月の法務省の解釈指針)
- デジタルツインは、利用範囲・期間・地域・報酬・撤回時の扱い・データの管理まで契約で決める。譲渡より利用許諾が安定的
- 表示では、AIであること、効果を誇張しないこと、本人の推薦と誤解させないことを確認する
参考にした一次情報:法務省「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」 / 同 取りまとめ報告書 概要資料(2026年8月) / 同 取りまとめ報告書(第1.1版) / 消費者庁 表示対策(景品表示法)
※ 本記事は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。個別の案件については弁護士等の専門家にご確認ください。記載は2026年10月時点の情報です。
AIモデルやデジタルツインを広告に使うときの確認手順と契約の論点を、案件に合わせて整理します.
