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ディープフェイク対策|企業が備える予防・検知・対応の3層

2026.11.03
SAC(Smart AI Collective)編集部READ 12 MIN2026.11.03

この記事の要約

経営者になりすました偽の動画・音声による送金詐欺や、偽広告によるブランド毀損。実際の事例と国内の動きをふまえ、企業が整えるべき対策を3層で解説します。

ビデオ会議に並んだ上司や同僚が、全員AIで作られた偽物だった。そんな事件が、すでに現実に起きています。ディープフェイク(AIで作られた本物そっくりの偽の映像や音声)は、もはや政治や芸能の話題にとどまらず、経理担当者への送金指示、ブランドを悪用した偽広告など、企業の日常業務を直接狙うリスクになりました。本記事では、報道された実際の事例と国内の制度の動きを整理したうえで、企業が整えるべき対策を「予防・検知・対応」の3層に分けて解説します。
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この記事でわかること

  • 海外で報道された、経営者のなりすましによる詐欺事件・未遂事件
  • 偽広告やニセ社長詐欺をめぐる、国内の行政・制度の動き
  • 予防・検知・対応の3層で整理した、企業が取るべき対策
  • いますぐ自社の備えを点検できる8項目のチェックリスト
  • 自社が生成AIを使う側に回るときに気をつけること
結論

ディープフェイクを「見破る」ことだけに頼る対策は長続きしません。最も効くのは、映像や声がどれだけ本物らしくても、送金や情報提供が別の経路での確認なしには進まない仕組みを作ることです。そのうえで、検知と発見後の対応手順を重ねる3層構えが現実的です。

企業を狙うディープフェイク|リスクと報道された事例.

ディープフェイクは、ディープラーニング(AIの学習手法の一つ)と「フェイク」を組み合わせた言葉で、実在しない映像・音声・画像を本物らしく作る技術を指します。総務省の令和6年版 情報通信白書も、ディープフェイクによる情報操作や犯罪利用が世界各国で増加していると指摘しています。偽物を作る技術と見破る技術は、片方が進めばもう片方が追いかける「いたちごっこ」になりやすく、見破るだけの対策には限界があります。

企業にとってのリスクは、大きく3つに分けられます。

  • なりすまし詐欺:経営者や取引先の顔・声をまねて、送金や機密情報の提供を指示する
  • ブランド毀損:経営者や社員が言っていないことを言わせる偽動画が拡散し、信用が傷つく
  • 偽広告:自社の名前・ロゴ・経営者の顔を無断で使った投資勧誘などの広告が出回り、消費者が被害を受ける

背景にあるのは、作るためのコストが劇的に下がったことです。経営者のインタビュー動画や決算説明会の映像、登壇時の音声など、企業がこれまで積極的に公開してきた素材が、そのまま偽物を作る材料になりえます。

海外では実害が報じられ、国内では偽広告とニセ社長詐欺への対応が進んでいる
海外では実害が報じられ、国内では偽広告とニセ社長詐欺への対応が進んでいる

ここからは、実際に報道された事例を見ていきます。共通するのは、「顔を見た」「声を聞いた」が本人確認として通用しなくなったことです。

香港:偽のビデオ会議で約2億香港ドルを送金(Arup)

英国の設計・エンジニアリング会社Arupの香港拠点の社員が、英国本社のCFO(最高財務責任者)や同僚が参加しているように見えるビデオ会議に招かれ、指示に従って送金した事件です。参加者は全員ディープフェイクで、送金額は約2億香港ドル(約2,560万米ドル)にのぼりました。香港警察は2024年2月に社名を伏せて事件を公表し、同年5月にArupが自社の被害であることを認めています。報道によれば送金は15回、5つの口座に分けて行われ、犯人は公開されている映像を素材にしたとみられています(CNN、South China Morning Post)。

この事件で重要なのは、社員が最初は不審に思っていたにもかかわらず、知っている顔と声が並ぶ会議を見て安心してしまった点です。ビデオ会議は、メールよりも「本人確認ができている」と感じやすいぶん、かえって危険になりえます。

英国:WPPのCEOを装った会議への誘い出し(未遂)

2024年5月には、世界最大級の広告グループWPPで、CEOの公開写真を使ったメッセージアカウントから幹部がオンライン会議に誘い出され、AIで複製した音声などを使って、新規事業の立ち上げを口実に資金や個人情報を引き出そうとする試みがあったと報じられました。社員の警戒によって未遂に終わったとされています(TechRadar)。

イタリア:CEOの声をまねた電話を「質問」で見破る(Ferrari)

2024年7月には、Ferrariの幹部に、CEOを名乗るメッセージがいつもと違う番号から届き、続く電話ではCEOのアクセントまでまねた音声が使われました。不審に思った幹部が「数日前に薦めてくれた本の題名は?」と尋ねたところ、相手は電話を切ったと報じられています(Fortune(Bloomberg配信))。

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技術で見破るのではなく、本人しか知らない情報で確かめる。Ferrariの事例は、最も原始的な方法が有効であることを示しています。
編集部

国内:ニセ社長詐欺と、なりすまし偽広告

国内では、映像や音声の偽造に限らず、経営者になりすまして社員に送金させる手口が問題になっています。警察庁は2026年2月、経営者を装ったメールで「新しいプロジェクトのため」などとSNSグループを作らせ、口座残高を聞き出したうえで送金を求める「ニセ社長詐欺」について注意を呼びかけました(警察庁「法人を対象とした詐欺(ニセ社長詐欺)に注意!」)。現時点では文字のやり取りが中心ですが、ここに偽の音声や映像が加われば、だまされる確率はさらに上がります。

また、著名人の名前や写真を無断で使った投資勧誘のなりすまし偽広告も大きな問題になりました。2024年5月には、実業家の前澤友作氏が、なりすまし広告をめぐってSNS運営会社を提訴したと報じられています(弁護士ドットコムニュース)。経営者の顔や名前が知られている企業ほど、同じ被害を受ける可能性があります。

国内の制度・行政の動き.

ディープフェイクそのものを直接取り締まる包括的な法律は、2026年10月時点で日本にはありません。ただし、関連する制度や行政の取り組みは少しずつ整ってきています(出典:総務省 偽広告への対応要請/総務省 情報流通プラットフォーム対処法/内閣府 AI法の全面施行/総務省 実証事業の成果報告書/警察庁 ニセ社長詐欺)。

時期動き企業にとっての意味
2024年6月総務省がSNS等のなりすまし型「偽広告」への対応を要請(Meta社と、国内の大規模SNS事業者に対して)偽広告を見つけたとき、プラットフォームに対応を求める根拠が強まった
2025年4月情報流通プラットフォーム対処法の施行(旧プロバイダ責任制限法の改正)大規模プラットフォームに、削除申出への対応の迅速化と運用の透明化が義務づけられた
2025年9月AI法(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)が全面施行AIの推進と適正な利用に関する国の司令塔と基本計画の枠組みができた
継続中総務省による偽・誤情報対策技術の開発・実証支援国内でも検知技術や、発信者を確認できる技術の実用化が進む
2026年2月警察庁がニセ社長詐欺への注意を喚起送金ルールの再確認と社内の情報共有が、公的にも推奨されている

海外では、EUのAI法(AI Act)が、ディープフェイクであることを明確に表示する義務などを含む透明性のルールを定めており、このルールは2026年8月2日から適用されています(既存の生成AIシステムの機械可読な表示には2026年12月までの経過措置があると報じられています)。EU域内で広告や動画を配信する企業は、自社が生成AIを使う側として、この表示ルールにも目を配る必要があります。

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制度の動きは速く、記事の内容は2026年10月時点のものです。プラットフォームへの削除申出の窓口や手続きは各社で異なるため、実際に申し出る際は各社の最新の案内を確認してください。

対策は3層で考える|土台は「予防」.

ディープフェイク対策というと、偽物を見破る検知ツールに目が向きがちです。しかし、前述のとおり、生成技術と検知技術はいたちごっこになりやすい関係です。「見破れなくても被害にならない」予防の層を土台に置き、その上に検知と対応を重ねるのが現実的な設計です。

予防・検知・対応の3層。土台になるのは「予防」の層
予防・検知・対応の3層。土台になるのは「予防」の層

第1層の「予防」は、だまされても実害にならない仕組みをつくることです。

予防の中心は、送金と情報提供のルールです。技術的な対策より先に、業務の手順で守ることができます。

送金承認フローを「経路」で守る

  • 別経路での確認:メール・チャット・ビデオ会議で受けた送金指示は、あらかじめ登録してある電話番号へ折り返すなど、指示を受けたのとは別の経路で本人に確認する
  • 複数人承認:一定額以上の送金や、新しい振込先への送金は、複数人の承認を必須にする
  • 例外を作らない:「社長の指示なら例外」を許さない。経営者自身がこのルールに従うと宣言しておくと、現場が断りやすくなる

米国のFBIも、米政府高官になりすます手口への注意喚起の中で、相手の身元を自分で調べ、自分が知っている番号へ折り返して確認することや、家族の間で本人確認のための合言葉を決めておくことを勧めています(FBI IC3 注意喚起(2025年5月))。

「赤信号」の言葉を社内で共有する

なりすましの手口には共通点があります。「至急」「内密に」「いつもと違う連絡手段」「新しい口座」「業務で使わないSNSへの誘導」。これらがそろったら、相手が誰であっても手を止める、というルールを全社員に周知します。

公開している素材を見直す

経営者の発信は企業のブランドにとって重要で、すべてを止める必要はありません。ただし、長時間のクリアな音声や正面からの映像は、複製の素材として使われやすくなります。公開の目的に照らして、必要以上に素材を出していないかを一度見直しておくと安心です。

検知|早く見つけるための体制とツール.

自社名・役員名の定点監視

偽広告やなりすまし動画は、自社の名前や経営者の名前を使って出回ります。SNSの広告ライブラリや動画サイトで、自社名・ブランド名・役員名を定期的に検索する担当を決めておくだけでも、発見までの時間は大きく縮まります。顧客や取引先からの「これは本物ですか?」という問い合わせを受け付ける窓口を用意しておくことも、早期発見につながります。

検知ツールは「補助」として使う

映像や音声が合成されたものかを判定するツールは国内外で開発が進んでおり、総務省も検知技術の開発・実証を支援しています。ただし、新しい生成技術が出るたびに精度は揺らぐため、「ツールが本物と判定したから安全」とは考えないことが重要です。判定結果は、予防の層で決めた確認手順を省略する理由にはなりません。

来歴情報(C2PA)で「本物の目印」をつける

偽物を見破る発想とは逆に、自社の本物に「誰が作り、どう編集したか」の記録をつける方法もあります。C2PAは、デジタルコンテンツの出所と編集履歴をたどれるようにする技術標準で、「Content Credentials(コンテンツ認証情報)」と呼ばれる仕組みを提供しています。運営委員会にはAdobe、Google、Microsoft、OpenAI、Sonyなどが名を連ねています。国内でも、Webの発信者情報を検証できるようにする「オリジネーター・プロファイル」の取り組みが進んでいます。

あわせて、公式サイトに自社の公式SNSアカウントの一覧を掲載し、「当社の役員が個人に投資を勧誘することはありません」といった注意書きを出しておくと、顧客が本物と偽物を見分ける手がかりになります。

対応|見つけたときに迷わず動く手順.

偽物を見つけたときに、誰が何をするかが決まっていないと、対応は遅れ、被害は広がります。最低限、次の手順を1枚にまとめておきましょう。

01

証拠を保全する

URL、スクリーンショット、動画ファイル、投稿日時、広告主の表示名などを記録します。削除されてからでは確認できなくなるため、最初に行います。

02

プラットフォームに削除を申し出る

各社の窓口から、なりすまし・権利侵害として申し出ます。情報流通プラットフォーム対処法により、大規模事業者には申出への対応の迅速化が求められています。

03

社内外に告知する

社員・取引先・顧客に向けて、公式サイトや公式SNSで「偽物が出回っている」ことと見分け方を告知します。黙っていると、被害者から自社が責められることもあります。

04

送金被害が出たら、すぐに金融機関と警察へ

振込先の金融機関への連絡は早いほど資金を止められる可能性が高まります。並行して警察に相談します。

05

弁護士と法的措置を検討する

発信者情報の開示請求や損害賠償など、取れる手段を専門家と検討します。肖像や声の無断利用に関する論点は関連記事も参考にしてください。

声や肖像の無断利用に関する権利の考え方はAI音声と肖像権・パブリシティ権で詳しく解説しています。

まずはこの8項目で、自社の備えを点検する
まずはこの8項目で、自社の備えを点検する

自社がAIを使う側として注意すべきこと.

ディープフェイク対策は「守る」話だけではありません。広告や動画制作で生成AIを使う企業は、自社の制作物が意図せず「偽物」と受け取られないように注意する必要があります。

  • 実在人物の声・顔は、同意の範囲内で使う:自社の経営者や社員であっても、AIで声や顔を再現する場合は、用途・期間・範囲を書面で合意しておく
  • AIで作ったことを適切に表示する:実在の人物が本当に話しているように見える表現は、視聴者の誤解を招きます。EUのように表示を義務づける地域もあります
  • 「本物の目印」を自社の発信にもつける:来歴情報を付けられるツールを選ぶと、自社の発信の信頼性を説明しやすくなります
  • 実在人物に似たAIモデルに注意する:架空の人物のつもりでも、特定の有名人に似ていれば誤解やトラブルの原因になります

AIで生成した人物を広告に使う際の考え方はAIモデルを使った広告の事例、広告での生成AI活用の全体像は生成AIの広告活用で紹介しています。

よくある質問.

Q中小企業でも、ディープフェイク対策は必要ですか?
A必要です。警察庁が注意を呼びかけているニセ社長詐欺は、インターネット上で公開されている法人のメールアドレスを狙うもので、企業の規模を問いません。むしろ経理担当者が少ない企業ほど、一人の判断で送金が完了してしまうリスクがあります。まずは費用のかからない送金ルールの整備から始めてください。
Qディープフェイク検知ツールを導入すれば安心ですか?
A安心とはいえません。検知技術は進歩していますが、新しい生成技術が出るたびに精度は揺らぎます。検知ツールは「怪しいものを早く拾う」補助と位置づけ、送金や情報提供は必ず別経路での確認を経る、という予防の仕組みと組み合わせることが前提です。
Qビデオ会議に顔を出して話していれば、本人と考えてよいですか?
Aそれだけでは本人確認になりません。香港の事件では、複数の参加者が全員偽物でした。送金や機密情報に関わる依頼は、会議の場で決めずに、あらかじめ登録してある連絡先へ折り返して確認してください。
Q自社の経営者になりすました偽広告を見つけたら、まず何をすべきですか?
A最初に証拠(URL、画面の記録、日時)を保全し、そのうえでプラットフォームの窓口から削除を申し出ます。並行して公式サイトなどで注意を呼びかけ、顧客が被害に遭わないようにします。継続的に出回る場合は、弁護士に法的措置を相談してください。
Q自社の広告でAIを使って経営者の声を再現するのは問題ですか?
A本人の同意があり、視聴者が誤解しない表示をしていれば、直ちに問題になるわけではありません。ただし、同意の範囲(用途・期間・媒体)を書面で決めておくこと、AIで作った音声であることを分かるようにすることが重要です。偽物との区別がつきにくくなる点にも注意が必要です。

まとめ|「見破る」より「だまされても止まる」仕組みを.

  • ディープフェイクは、送金詐欺・ブランド毀損・偽広告として企業を直接狙うリスクになった
  • 海外では偽のビデオ会議による多額の送金被害が報じられ、国内でもニセ社長詐欺や偽広告への対応が進んでいる
  • 対策は予防・検知・対応の3層。土台は、別経路での確認と複数人承認による送金ルール
  • 検知ツールは補助。来歴情報や公式アカウント一覧で「本物の目印」をつける発想も有効
  • 自社がAIを使う側としては、同意と表示のルールを先に決める

参考にした主な情報源:CNN(Arup事件) / Fortune(Ferrari事例) / 警察庁「ニセ社長詐欺に注意」 / 総務省「なりすまし型偽広告への対応に関する要請」 / 総務省「情報流通プラットフォーム対処法」 / 総務省「令和6年版 情報通信白書」 / 総務省 偽・誤情報対策技術の実証事業 成果報告書 / C2PA / FBI IC3

※ 本記事は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。個別の案件については弁護士等の専門家にご確認ください。記載は2026年10月時点の情報です。

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